猫物語21 静かなる一歩

チカコさんは、自分の家の隣の空地を眺めていました。(広いな、広すぎるわ。ここを一人で全部の草刈りをするのか。無理よ!無理。でも、やらなければいけないわ。モカおばさんは、「あなたが、大地を大切に出来たら自分がつまらない人間じゃないとわかるでしょう。」と言ってた。草刈り鎌はないわ。第一、鎌は恐くて扱えない。あっ、そうだ!百円ショップのハサミなら沢山あるわ。あれを使おう。春になったら、この空地の草を刈ろう。そして、耕して種を蒔こう。モカおばさんに貰った種と花の種を一緒に蒔こう。チカコさんは、丸を抱きしめながら、そう、思いました。

丸は、シャンプーをして貰って毛がツヤツヤになりました。首には、赤い首輪が見えます。丸は、大きくあくびをしました。

(いつでも、えさ箱はいっぱいだし、フワフワベットは、置いてあるし、いうことないわ。後は、このままチカコさんが、心が安定していれば申し分ないわ。)と、丸は思いました。

空は、くっきりと青く、冬の間に間の小春日和です。丸は、なにげなくカラスのゴンを呼んでみました。「ゴン、カラスのゴン、ゴーン、どこにいますか?」丸の呼び声は遠くまで響きました。

「誰だ!お寺の鐘みたいにオレを呼ぶのは?」と言って小さな家の近くの電線にカラスのゴンが止まっていました。「なんだよ。」とカラスのゴンは、ぶっきらぼうに返事をします。

丸は、ちょっと困って「相談したいことがあるんだけど、だめ?」と恐る恐る言ってみました。「自分で一回は考えたのか?まあ、一応聞いてやるよ。話してみな。」とカラスのゴンは偉そうです。

丸は、心に浮かんだ通りにカラスのゴンに話しました。飼い主のチカコさんの心を強くする為に役に立ちたいと思っている事、心を強くするには、どうしたらいいかと言う事をカラスのゴンに相談しました。

カラスのゴンは、拍子抜けしたように「なんだ。そんなことか。」と言いました。丸は、びっくりして「そんなに簡単なことなの?」と聞き返しました。

カラスのゴンは、「それは、チカコさんが経験不足なだけだろ。だったら、誰かの世話をしたら早いけどな。」と、こともなげに言います。

丸は、「誰の世話をするのよ?」と言いながらカラスのゴンを見ました。

カラスのゴンは落ちつきなく右を見て左を見て「オレの世話になっているオバアサンがふさぎの虫で閉じこもっているのよ。そのオバアサンとチカコさんが友達になってくれないかな。」と困ったように言います。

丸は、「そのオバアサンは、どこにいるの?」とカラスのゴンを問いつめました。カラスのゴンは「しかたないな、着いてきな。」と言うなり丸の為に低空飛行しました。

お婆さんの家は、モカおばさんの家と反対方向に200m程離れて立っていました。立派なお家です。

でも、家の守り人の子人達は、家の脇の犬小屋に閉じこめられておりました。丸は、怖がる家の守り人達をなだめなだめ開放してあげました。

「ああ、えらい目にあったねえ!」と家の守り人達のリーダーは明るく言って丸に「ありがとう!助かりました。まさか、子猫ちゃんに助けて貰うなんて思わなかったネエ。」としみじみと言いました。

それから、カラスのゴンと家の守り人のリーダーは、頭をつきあわしてお話をしておりました。話は、お婆さんのあれやこれやでありました。

一年前に娘さんが病気で亡くなってしまったのです。それ以来、お婆さんは、すっかり人が変わってしまったのでした。娘さんを亡くしたお婆さんの嘆きの声は低く長く続きました。

嘆きの声に引かれて家にはさまざまの悲しみや苦しみや死神が集まってきました。その暗きより暗きに到る道は宇宙のブラックホールに通じていました。その道を粛々と悲しみや苦しみや死神が歩いていきます。

その先頭では、疑心暗鬼と不信の指揮者が壮麗なる地獄の曲を指揮していました。

お婆さんは、自分の運命を呪いました。80歳と50歳の親子コンビは、それは、もう、仲がよかったのです。こんなに幸福でいいのかなと思うくらい娘は気立てがよく野に咲く花のようでありました。

「なぜ、私が先に、ああ・・・うらめしい。この世に神も仏もあるものか。なぜ、あの娘が私より先にあの娘がああ・・・。」

お婆さんは突っ伏しました。

お婆さんの健康は、少しずつ失われていきました。一番先に身体の柔らかさを失いました。柔らかさは軽さに通じます。お婆さんは不信のコートを羽織りました。

これからの長い宇宙の旅をお婆さんは、重い不信のコートを着て喘ぎ喘ぎ歩いていくのです。この不信のコートは、お婆さんの心から生まれたものでありました。

カラスのゴンと家の守り人のリーダーは、この不信のコートをどうやって脱がすかを協議しました。一羽と一人は、この壮麗な地獄の曲を止めなければなりませんでした。

そこに白羽の矢が当ったのがチカコさんでありました。娘さんであること底抜けにお人好しであること不器用なことも自分に自信がないことも重要なポイントでありました。

チカコさんは、未熟さの中に素直という18金の宝物を持っていました。いまでは、それも、ほこりを被って鈍く光っています。たった一つ他の人に類を見ないのは、底抜けのお人好しだということです。

カラスのゴンは、思いました。(この人は、とんでもない人材だぞ!お婆さん救出隊の一人にしよう。丸は凄い人に飼って貰ったんだな。

後は、チカコさんをどうやってこのお婆さんと出会わすかだな。あっ、そうだ。丸がいる。丸に連れて来てもらおう。よかった、よかった。これで決まりだ。)とカラスのゴンはニンマリしました。

家の守り人のリーダーは、守り人皆を集めました。そして、現状をじっくり調べました。現実を前にして家の守り人のリーダーは、フーッと卒倒しそうになりました。でも、家の守り人のリーダーは、がんばりました。

(コツコツと1ミクロンからだ。壊れるのは一瞬だ。建設が簡単なはずがない。お婆さんの一念が変わればいいのだ。そうすればあの地獄の曲は止む。私達は、何をすればいいのか。ああ、そうだ。この家の中をチカコさんの通る道筋を死守しなければならない。)と家の守り人のリーダーは静かに決意しました。

いま、ごくありふれた普通の家で普通の人が世紀の大決戦を始めようとしていました。

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