猫物語28 竜王参上と ある青年

「どうだ美しかろう。少女漫画から抜け出てきたようであろう。竜の姿では、そなたが腰をぬかすゆえ、少し気を使ったぞ!ハハハ・・・。」と竜王は、金色の髪をさらさらさせて真っ白い歯を形の良い唇のすきまから見せて笑いました。

木枯らしの姉は(何という美しさ。)と心で思いながら「ははっ」とひれ伏しました。

「そんなに頭を下げなくてもよい。それよりも私に話したいこととは、何だ!」と竜王は邪魔くさそうに言いました。

木枯らしの姉は、「竜王さまは、人間のことをどう思われていますか。」と問いました。「私は人間には、絶望しておる。」と竜王は吐き捨てるように言いました。

「竜王さまは、何故人間に絶望しているのでございますか。」と木枯らしの姉は囁くように言いました。

「くだらないからだ。」と竜王は答えました。

「くだらない。何故でございますか?」と木枯らしの姉は眉をひそめました。

「善良ぶっている奴に限って土壇場で豹変する。オレの姿を見ただけで恐れ戦いてガタガタ震えておる。

自分より優れた人間を見つけるとすぐ嫉妬して引きずり落とそうとする。相手を尊敬できないから、相手を自分と同じ目線に引きづり落とすのだ。

少し骨のある奴でも引きづり落とされると騒ぐわ、騒ぐわ!普通の人間より、なお始末が悪い。

見よ!

そのおかげでこの地球は憎しみと怒りが充満しておる。

教育現場では、苛めが横行しておる。

職場でも苛めの天国ぞ!

家庭では、親が子を食っておる!

車に乗れば後ろからあおり運転ぞ!

私は、ほとほと人間に絶望したのだ!

木枯らしの姉よ!良い処方箋があるなら教えてくれ!

あの小心者で子ずるい人間が、生命を育くみ慈しめる方法を!」と竜王は遠くを見るように申しました。

木枯らしの姉は、言葉を失いました。でも手をこまねいていては、先に進めません。「竜王さま、目も当てられぬ人間の中に光は見えなかったのですか?」と木枯らしの姉は静かに申しました。

「ないぞ!ああ、こいつはものになるかなと思って目をかけて見ていると、一つ目の壁はなんなくクリアするが、二つ目三つ目四つ目の壁となるとアウトだ。頭を天と地にぶつけて自分の人生を呪いだす始末だ。本当に真に強い奴がおらん!それでいて困り苦しむ人間を見て手を差し伸べるどころか自己責任だとか言う始末だ。ああ、私は人間に感動したい!

頁の強い人間に出会えたら、この竜王は、その人間の守り人になろうぞ!」と竜王は積年の願いを言葉に変えました。

木枯らしの姉は深く竜王の話に聞き入りました。そして、以前、始まりもない終わりのない世界でした竜王との約束を思いだしていました。「共々にこの麗しの地球(生命)の為に励もうぞ!」そこには若い竜王がいました。木枯らしの姉も以前の春の精の姿で微笑んでおりました。

木枯らしの姉は、相手を尊敬できなかったばかりに冷たい氷の国に身を堕としたのでした。

友の匂うような美しい心を妬んだ自分がおりました。彼女さえいなければ私が一番なのに・・・。相手を尊敬できなかったばかりに彼女は暗きより暗き道へ分け入りました。

そこで、彼女は、あの青年に出会ったのです。真っ暗闇の中で青年は深くうなだれておりました。木枯らしの姉が聞いているとも知らずに青年は一人語りを始めました。

「オレは、何を考えて生きてきたんだ!ただただ、愛する父さんが殺された事をバネに生きてきた。いつか、父さんを死に追いやった奴に仕返しをしようと頑張ってきた。でも、父さんはそんな事を望んでない。父さんは、自分を不幸にした人間でさえも大きな寛容の心で包み込んだはずなんだ。このオレを、相手の幸福を祈るような人間に育てと願っていたに違いないんだ!なのにオレはオレは憎しみをバネに生きてしまって自分の心を汚してしまった。父さん、ごめんよ、ごめん。

あの人は、自分の身体を盾にしてオレを救ってくれた!「君は、若い。生き延びなければならないよ。さあ、私を踏み越えて行くのだ!さあ、君は、この地球を守る為にも生き延びなければいけないよ。」そう言ってあの人は一人しか乗れないトロッコにオレを押し込んだんだ。

オレは地上に出てすぐにレスキュー隊と共に現場に戻ったよ。あの人は助かったけど、オレを助けた為にあの人の足は駄目になった。

ああ、ああ、父さん!オレはあの人を尊敬しそうだ!父さん、オレは全うになりたいんだ!

チンピラのオレの前にあの人は身を投げ出してくれたんだ。「君は若い。君は生き延びなければいけないよ!」と、あの人はこのオレにそう言ってくれたんだ。

この前科3犯のオレを誰一人母親でさえ、兄妹でさえ、親戚でさえ、鼻にもかけてくれないさ!

オレは、腕っぷしが強いことが真の強さだと思っていた。オレは何て馬鹿なんだ。偉そうに生きてしまったオレは人間のクズだ!

父さん、教えてくれよ!オレはあの人を越えられるだろうか?無私の自分になれるだろうか?」と青年は泣き崩れました。

木枯らしの姉は、思わず「大丈夫よ。あなたなら大丈夫よ!」と言っていました。青年は、ふりかえり木枯らしの姉に気づきました。

「この世のものとは思えないほど美しい方ですが、貴方は誰ですか?」と青年に問われて木枯らしの姉は、今生の土産にと自分の身の上を明かしました。

「こんなに美しいのになんで人を羨む必要があるのです。どこに行ってもどこに居ても貴方は貴方じゃないですか。

オレは見ての通り美しい男じゃありません。だからこそ悪の道でひと花咲かそうとしたんです。でも、貴方は正真正銘の善に咲く花じゃありませんか!まだ、自分を捨てるのは早すぎます。」と青年は木枯らしの姉に進言しました。

木枯らしの姉は善に咲く花だと言われて心がパッと明るくなりました。

青年は立ち上がると「ゆっくり歩いて行くことにします。どんなに努力しても前科者は、前科者だと言われるかもしれませんが、死ぬまでには、人間の善の歴史にかすかでも爪痕を残したいです。

オレは貴方のような美しい人に出会ったから、もう、それだけで充分です。」と言って青年はハニカミました。

木枯らしの姉は暗闇の中で、ここから先には何があっても行くまいと思いました。木枯らしの姉は自分の心の棚卸を始めました。やがて整理し終わった心に感謝の気持ちを一杯つめ木枯らしの姉は我人生にお礼を述べました。

青年と木枯らしの姉は、困っている人、苦しんでいる人を一人も置き去りにしないと握手をしました。木枯らしの姉はその誓いを忘れていませんでした。

木枯らしの姉は、この地球の上を走れば走るほど、そこここに喜びの声を聞きました。その中心に必死の一人がおりました。困っている人、苦しんでいる人を一人も置き去りにしないとがんばる必死の一人がおりました。

 

 

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