猫物語39 世界は変わる!君の1歩で!

 トムは、しっかりとした足取りで下の執務室に向かった。ドアの前でノックする。コツコツ、誰かおりますか?」とトムは穏やかに言った。勢いよくドアが開いた。「います。ハーイ、ただ今。」とトムの耳に声が軽やかに響いた。

 「私は、トムですが、たった今、幽閉がとかれたよ。と同時に私は無一文になったらしい。もう、君に私は給料が払えない。申し訳ないが身の振り方を考えてくれ!」とトムは丁重に言葉をついだ。

 「お給料なら、一生分を会長からいただいております。トム様が幽閉をとかれたら、お任えするように一生分いただいております。あっ、私は執事のロバートです。」とロバートは言いながらしっかりとトムを見た。灰色の眼の奥に柔らかい光を湛えながらトムは、スッキリと立っていた。

 「あの、コートをお持ち下さい。車を玄関につけます。元執事のスカイ様に会いに行きましょう。」とロバートは、なんだか無性に嬉しくなってトムに提案した。「爺か!まだ爺は元気なのか?最近、姿が見えないので心配していたよ。よかった。まだ、生きているんだな。じゃあ、早速、出かけよう。ロバート、これからもよろしく!」とトムはゆっくり手を出した。

 ロバートは感激した。トムから溢れる人間愛にわけがわからず感動していた。「よろしくお願いします。」とロバートはガッチリとトムの手をつかんだ。

 ロバートの運転で深い森を抜け車はスカイの家に着いた。玄関のモニターにゆるやかなアルトでトムは「爺、爺、トムです。幽閉が、とかれたぞ!爺!」と声をはりあげた。家中の電気がつき玄関が大きく開いた。

 「トム様、ぼっちゃま、お待ち申しておりました。」と妙齢の女性が懐かしそうにトムの手を取った。アンナか!私だ!トムだ!私は元気に生還したぞ!」とトムはハラハラと涙を流しながら叫んだ。

 「さぁ、奥で爺が待っております。」とアンナは、トムをせきたててベットに寝ているミスタースカイのもとに連れて行った。

 「爺、幽閉をとかれたぞ!それと同時に私は無一文になったらしい。とにかく私は働かなければならないよ。爺、爺は、元気なのか?私は元気だ。」と言いながらトムはミスタースカイの手を取った。

 「あっ、ああ、ぼっちゃまでございますか。よう、がんばられました。30年もの長きにあたり御自分を見失わずによくおいでになりました。爺は嬉しゅうございます。どんなに悔しかったことか、よく耐え忍ばれました。東洋の仏法の仏の徳に能忍と言う言葉があるそうでございます。よき事を実践する為によく耐え忍ぶ徳を能忍と言うそうでございます。

 まぁ、しっかりとお顔を見せてくださいませ。いい面構えになられましたな。これで大丈夫でございます。これからが本番でございます。生き馬の目を抜く、このしゃば世界から悲惨の二字をなくして下さりませ。悲しんでいる人間、困っている人間を一人も置き去りにしない世の中になしてくださりませ。歩かれる道は今までより厳しゅうございます。民衆の為にお働き下さいませ。

 おお、今は亡き御父上も喜んでおりましょう。御父上も幽閉されたのでございますよ。御父上は幽閉に耐えきれず道を転向されました。支配する側に回られたのでございます。

 それからの御父上は変わられました。

がむしゃらに働いて巨万の富を築かれました。御父上は民衆の血を流されました。

 トム様のお祖父様は、それはもう厳格な方でした。御父上は、石牢に幽閉されたのです。御父上は、戦われました。それでも兵糧攻めには、死ぬか生きるかでございましたでしょう。御父上は生き抜く事を御選択されました。平和主義者から戦争仕掛け人でございます。御父上は、転向されたのです。

 ABコンシェルの総帥として指揮をとられました。ABコンシェルは兵器産業です。その兵器は多くの民衆の血を流したことでありましょう。毎日が御父上は地獄の日々であったと思います。心を鬼にして御父上は采配をふるい続けました。

そのような時です。トム様のお母様が自殺を図られたのは。御父上は打ちのめされました。奥様は夫に抗議して投身自殺を図ったのです。それがあの城です。奥様は、民衆の嘆きの声を聞いていたのです。奥様は兵器産業の存在が許せなかったのです。

 幼くして御母上を失われたトム様は、お淋しいことだったと思います。年頃になったトム様はクスリに溺れました。側で見ていてクスリで廃人が死かと思ったほどです。

 トム様は、フランク様に出会われました。私は覚えております。フランク様が弾かれたピアノを。ベートーベンのピアノソナタ「月光」でございましたな。曲が温かく清らかにあの城を流れました。それはまるでお母さまの魂を癒すように流れました。

 トム様はお元気になられました。フランク様と御一緒に難民キャンプで御活躍なされました。それを知って御父上は、頭を悩ませました。そして、御決断なされたのです。トム様を幽閉なさることをご決断なされたのです。トム様を幽閉するにあたって御父上は不思議なことにあの城を御指示いたしました。

 城内ではトム様の自由が保障されました。情報もすべて世界の動向が入るように工夫されていました。私はトム様1専任の執事となりました。野菜作りもなされたでしょう。城の敷地内ではトム様の自由にさせてよろしいと言うお達しでした。御父上は御自分と同じ苦しみをトム様にお与えになることを潔しとしなかったのです。

 トム様の幽閉が20年の歳月が過ぎた時、御父上は最後の時を迎えられました。ここに鍵があります。これらは地下倉庫の鍵です。御父上は巨万の富をここに隠されました。御遺言はトム様が、無事に幽閉から御生還されたときには、この鍵をお渡しして欲しいと言うことでした。この巨万の富を民衆に返して欲しいということでした。

 この地球の為に、この人類の為に、このお金を使って欲しいと願われました。

 御父上は忘れていなかったのです。若い日々の理想を忘れていなかったのです。御父上は幽閉と言う方法でトム様をお守りになったのです。トム様を信じて苦渋の決断をなされたのです。さぁ!地下倉庫の鍵です。お受け取り下さい。これで私の役目も終わります。

 生命の尊厳の為に生きて下さりませ!世界不戦の潮流に投びこんで下さりませ!爺はしっかりと見守っておりますぞ!」と、ミスタースカイは話し終えると身の内に青春の赤い血が、また、巡り来た気がした。

 トムは心にフランクを思った。懐かしい友の顔を思い浮かべた。(彼に会いに行こう。約束は果たし抜いたぞ!と勝ちどきを上げながら会いに行こう。私達の果てしない戦いは今この時も続いている。地球の温暖化はもう、待ったは効かない。群雄割拠、世界の権力分布図の中で主権を民集にを、基本に置かなければならない。民衆は愚かだから代りに私がなどと言う輩の傲慢を打ち砕かなければならない。

 国連を先頭に世界政府の樹立を、急がねばならない。私の戦いは、今始まる。自分を正すことで世の中を動かすのだ。一人一人が正しい平和を目指すことで悲しんでいる人間、困っている人間を1人も置き去りにしない世の中にするのだ。

 私は戦わなければならない。私は、人を信じる戦いを始めなければならない。善悪共に生きる我等、その根底に流れる慈愛の存在を私は信じる。)とトムは、思った。

 どこか遠くで猫のララの子孫の鳴く声がした。

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