猫物語35 運命なんかに、負けてたまるか!

 オレの横で赤いスポーツカーが止まった。「良かったら乗りませんか?」と車の主は、けだるい眼をして言った。オレの頭の中をマフィアか、テロリストかと不安がグルグル回った。でも、相手をよく見ると、育ちのいいボンボンの顔が見えた。

 オレは、相手に断る為に「オレ臭いです。一ヶ月もシャワーを浴びてない。」と言った。すると相手は「それじゃ、途中で家の別荘に寄りましょう。一ヶ月もシャワーなしで気持ち悪かったでしょう。」と言いだした。

 オレは、びっくりした。相手は、オレがテロリストだったらどうするんだろう?オレは、乗りかかった船で、その高級そうな赤いスポーツカーに乗った。

 「フランクと言います。お世話になります。」とオレは殊勝にあいさつをした。それを聞いた相手はあわてて「ボクは、トムです。よろしく。」と、気だるそうな目ん玉をギョロっとさせて言った。

 (金持ちのボンボンにしては、ほとんど死にかけているみたいだな。)と心でオレは思いつつ明るく「参った!参った!家が砲弾でぶっとんだ。で、みんな死んじまった!家族が!ハハハー。」と言った。トムはちょっと瞳をギョッとさせて「お気の毒です。」と言った。

途中で別荘番のおじさんの所に寄った。トムは、別荘の鍵を貰い、バスケットに入った食料を受け取ると一路、別荘に向かった。

 深い森を抜けると、白い佇まいが見えてきた。これは別荘じゃない。これはお城だ。お城だ。オレはまたビックリした。トムはそれが当たり前であるかのように「そう大したものじゃないですけど、うちの別荘です。」と言った。

 オレはトムは、食事も三ツ星レストランでするんだろうなと思った。

 「別荘番のおじさんが、昨日、家に風を入れた。と言っていました。とりあえずシャワーを浴びましょう。」とトムは、言い屋敷にスタスタと入って行った。

 玄関を入るとエントランスでオレの部屋の何倍もある広さにシャンデリアがぶら下がっていた。片方の広間にチラッとピアノが見えた。

 トムは大急ぎで窓という窓を開けて屋敷の中に風を入れていた。風がクルクルと舞って白い絹のカーテンを揺らしていた。(カーテンに絹なんて、どんだけ金持ちなんだ。)とオレは思った。

 オレはトムに連れられてゲストルームに来た。「ここのシャワーを使って下さい。よかったらバスタブもどうぞ。中に必要なものは整っていると思います。」とトムが言い終わろうとした時、オレはあわてて言った。「あの、すいません。着替えをお願いします。野良着で構いませんから。」とオレは言った。トムは、ちょっと小首をかしげて「野良着ですか?乗馬服ならあるけど。そんなものはないな。」と言った。

 「白いシャツに白いパンツか黒いパンツでどうですか。」とトムはオレに聞いた。オレは大慌てで言った。「まさか絹じゃないよネ?」とオレは尋ねた。

 トムはすごくあっさりと「服は絹しか持ってない。着心地は最高だよ。」と生気のない眼でオレに言った。オレは、何度も心がひっくり返りそうになった。

 オレはトムに別荘番のおじさんに野良着を貰ってほしいと頼んだ。トムはどうもオレの言っている事が腑に落ちないみたいだったけど、野良着を貰ってくると約束してくれた。オレは、今まで金持ちとあまり付き合いがなかったので、トムの生活の全てに度肝を抜かれた!

 そして思った。よっぽど心の豊かさがないとお金を神様にしてしまうなと。それにしてもトムはありあまる金の中で死んでいた。トムの目ん玉が死んでいた。トムの目の玉が刺激を求めてウロウロしていた。オレはこれは、やばいとこに来てしまった。そう、思った。

 トムがちょっと姿を消した。次に現れたときトムの瞳は生き返っていた。オレは、これはますますやばいと思った。

 オレはトムに聞いた。「ミスタートム、失礼だけど君は今、幸せなのかい?」とオレは土足でトムの心に踏み込んだ。トムはオレを見て「仕方なしに生きています。一つの国が買える位の金のある家に生まれました。ボクの欲しいものは何でも手に入ってしまいます。でも金がないよりマシだと思っています。」とトムは生気の戻った顔で答えてくれた。

 オレはトムを見ていて涙がこぼれた。トムが不思議そうにオレを見た。「トム、キミは可哀想だよ。金で手に入るものは何でも手に入って、そんなんじゃ、心が熱くなることなんか何もないじゃないか!」とオレは自然に言ってた。

 トムは、時間が止まったようにギョッとなった。

 「トム、この生活の先にはクスリしかないのじゃないのか?そして、その先には、死か廃人だ!」とオレは声を振り絞り出すように言った。トムは、無理に笑顔を作りながら「そんなもんでしょ。人生は。」と言った。

 オレはそれを聞いて頭にきた。「人生は、そんなもんじゃないよ!もっと熱いもんだ。熱いものを持って生きるものだ。壁にぶち当たってもぶち当たっても諦めずに這いつくばっても生きるんだ。

 人にどんなに馬鹿にされても、この生命は最高の宝物だ。どんな仕打ちを受けてもオレは超然と何人も恨まずに生きてみせる。それがオレの誇りだ。

 だけど、トム、君の人生は残酷だよ。少しずつお金を貯めて車を買う楽しみもない。物心ついた時から人生の命題に取り組まなきゃいけないなんてトム、キミの人生は残酷だよ。

 (人生いかに生くべきか。なんて青年期から考えることだ。オレ達貧乏人は、神様はお金かもしれないと思うこともできるんだ。お金を求めて追いかけっこもできるんだ。でもトム、キミは王様になってしまった。

 いい所に住み、いい物を着て、いいものを食べて、ちょっと美しいと言われる仕事をして、トム、キミは人生に退屈してしまった。退屈の次は新たなダイナマイトだ。

 刺激を求めてトム、キミはクスリに手を染めた。その先にあるのは廃人か若しくは死だ!トム、オレは涙が出るよ!キミが可哀想で涙が出るよ!金なんかいらなかったのにな!トム、キミの若々しい青春を返せとオレはトム、キミに直訴するよ!」とオレはトムに言葉のミサイルを浴びせた。

 トムは固まってしまった。トムの眼から一筋の涙が流れた。しばらくしてトムは我に返ると「ハハハー!フランク、キミは面白いことを言う。コメディアンになれるよ。ああオドロイタよ!ボクは生まれて初めて金なんかいらないって言う人間に出会った。

 今日、キミを車に乗せたのは、キミのことをテロリストだと思ったからだ。クスリでどうせ廃人になるのならテロリストになるのも悪くないと思ってネ。とんだ、テロリストだったよ。ボクを正気に戻してくれた。ボクは人間に絶望していたんだ。フランク、キミにボクは希望を見出したよ!」と言ってトムはニッコリと笑った。

 どこにいたのか品のいい猫が嬉しそうにしていた。ララだ。(猫も高そうだな。)とオレは思った。オレはバスタイムを楽しみこざっぱりとした服に着替えて立っていた。

 「ねぇ、トム、お礼にピアノを弾かせて貰えませんか。」とオレは申し出た。オレは何ヶ月ぶりにピアノに触れたろう。オレの人生は運命によって乱打された。オレはベートーヴェンのピアノソナタ「月光」を弾いた。

 運命よ!宿命よ!オレを打ちのめせ!

その度にオレは高みを飛ぼう!オレを鍛えろ!平和に役立つ人間に育つよう!オレはベートーヴェンの月光を心を込めて弾いた。トムの人生が幸福であるように心で願いながら。

トムの瞳が光った。トムの心が躍動した。

人間が人間であることに目覚めた瞬間だ。

オレ達はやるぞ!運命なんかに宿命なんかに負けてられるか!さあ、友よ!共に走り続けよう!進む道は違ってもゴールは一緒だ!

 空には、コウコウと月が光っていた。

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