猫物語29 目覚めた人間の印と恩返しの種の贈りもの

「オレ、あの人、知ってる。」とカラスのゴンがスットンキョウな声を出しました。「あら、あの人、私も知ってるわ。」とカラスのゴンの恋人のトンチャンが、頭の上から声を出しました。

「エーッ、そうなの。君達は、あの人を知ってるの!?」とトラ丸もびっくりです。

「オレ、ちょっといたずらしたんだ。人間の出したゴミ袋に穴を開けて遊んでたんだ。そうしたら、カナ子さんが飛んできて「何をやってるの?」と言ったんだ。

オレはカナ子さんを横目に見て地面を数歩、歩いたんだ。するとカナ子さんは椅子を持ってきて日傘をさして本を読み始めたんだ。

オレはオドロイタ!カナ子さんは悠々と読書を始めたんだ。」とカラスのゴンは感心して言いました。「本当、あっぱれって感じだったわ。」とトンチャンも声を揃えます。

「ああ、君達はいいの。カラスのゴンはあの人と知り合いだし、恋人のトンチャンもいるし、いいの、いいの。」とトラ丸は羨ましそうに言いました。

天上で行われている話し合いなど露知らず、カラスのゴンはカナ子さんをジロジロ見ていました。

どこかに目覚めた人間の印があるはずだとカナ子さんを頭の上から足の先まで探しました。それを見てトラ丸は「何を見てるの?」と問いました。カラスのゴンは「印がついていない。目覚めた人間の印。」と答えました。

「えっ、印、そんなの何もないよ!どこから見ても普通の人間だよ。」とトラ丸は言いました。更に「冠でも被っているとでも思っていたの。」とトラ丸はあきれ顔です。

まだ、この頃の二羽と一匹は目覚めた人間の異名が必死の一人であることを知りませんでした。

クリスマスが過ぎお正月が来て恋人のいないトラ丸にもバレンタインが来てやわらかい春が来ました。

「どこから手をつけよう!」とチカコさんは腕組みをして空地を眺めています。丸はチカコさんの足元でこの空地の草をどうするんだろうと心配しています。

なぜなら、この空地は丸にとって格好の遊び場です。大切なよもぎの森もあります。長い草は丸にしたら木のようでかくれんぼに最適です。

「よし、かかろう!」とチカコさんは片ひざを立てて座り百円ショップのハサミで草をチョキリチョキリと切っていきます。チカコさんは決めていました。毎日、一時間だけ草取りをする、それ以上は絶対にやらないと自分と約束していました。

百円ショップのハサミで草を切るチカコさんを見て、道行く人は皆クスクス笑いました。(あんなので草が刈れると思っているのかしら。)とか(馬鹿じゃないの。)とか(草を切る端から、また、草が生えてくる。)とか(クスクス、あほちゃう。)とチカコさんを軽蔑しました。

チカコさんは、心が折れそうになりました。心に一杯一杯の臆病風が吹きました。(どうしよう。どうしたらいい。もう、空地の草を刈るの、やめようか!何で皆、クスクス笑うかな。もう、嫌、嫌、逃げてしまいたい。あっ、そうだ!カナ子さんに相談しよう!きっと優しいから慰めてくれるわ。草刈りはシルバーセンターのおじさんに任せたらって言ってくれるわ。)とチカコさんは自分勝手に思い、カナ子さんに電話で相談しました。

「この人生、笑われてなんぼよ。チカコさんが百円ショップのハサミを使いたいなら使えばいいじゃない。猫の目のように変わる人の目を基準にしたら自分の人生が崩壊するわよ。人の目なんか気にしてちゃダメ!

別にチカコさんが百円ショップのハサミを使ったからと言ってパトカーがやってくるの?違うでしょ!

人にクスクス笑われたぐらいで負けちゃダメ!人に悪口を言われてなんぼよ!強くなろう!人に悪口を言われたら一人前よ!」と電話の向こうでカナ子さんは意気軒昂です。

チカコさんは、思いがけない相手の言葉に背中をどやされたような気がしました。(そうなんだ!私は弱いんだ。ああ、強くなりたい。私もカナ子さんみたいに強くなりたい!)

チカコさんの18金の素直な心がすぐに反応しました。(そうだ、そうなんだ。私は負けられない。負けるものか!)とカナ子さんの言葉でチカコさんは勇気が湧きました。

チョキリ、ドサッ、丸のよもぎの森も切られました。道行く人は(あらっ、きれいになっちゃった。)とか(本当に百円ショップのハサミで刈っちゃったよ!)と皆は心の中で感心しました。

丸は何度もチカコさんを止めようとしました。チカコさんの手元をウロウロしてみました。チカコさんは、「何してるの。後で遊ぶから待っててネ。」とカナ子さんと同じ声の調子で言いました。

丸は(私の遊び場を取らないで)と言いたいのですが、チカコさんは「お腹が空いたの?御飯なら家の中にあるわよ。」とてんでにトンチンカンです。

空地をきれいにしたチカコさんは、今度はスコップで穴を掘りました。穴といっても大きな洗面器で2個分です。そこに腐葉土を入れます。肥料と腐葉土を混ぜたら、そこに恩返しの種を一粒ずつ蒔きます。穴以外はコスモスの種を蒔きました。

暑い、暑い夏でした。どうにか太り上がった恩返しの種の苗は喉がヒリヒリ熱くなりました。そこへ、おいしい水がジョジョと入りました。恩返しの種の精はふり返りました。そこにはチカコさんがおりました。

チカコさんが水やりをしていたのです。(こんなに暑かったら、水が欲しくてたまらないだろう。)とチカコさんは恩返しの種の苗の一株一株にジョロ2杯の水を毎日上げました。

その様子を丸はじーっと見ておりました。(チカコさんは、がんばっている。きっと草の気持ちがわかっているのだ。)と丸は思い、丸はチカコさんの後ろを金魚のふんの様について廻りました。

夜になりました。たっぷりの水を貰った恩返しの種の精は

皆で協議しました。「なあ、みんな、この恩をどうやって返そうか。」とリーダー格の精は言いました。「それは、決まっているでしょ。私達の野菜が立派な実をつければいいのよ。」と姉さん格の精は言います。「それは、あまりにあたりまえだな!もう一工夫しようよ!」とエース格の精は言いました。

五粒の恩返しの種の精はチカコさんの優しさに最高のセレモニーで答えたいと色々な青写真を作りました。

今度も道行く人は(素人が畑を始めたってうまくいくはずがない)と思いました。

晩秋になりました。

道行く人は、チカコさんの畑を見てオドロキました。トマトやナスビやピーマンやきゅうりやかぼちゃが皆元気にはつらつとして喜びを歌うように実をつけています。「立派な実をつけているわね。」と道行く人は口々に言いました。

チカコさんは、毎日かご一杯のトマトとナスビとピーマンときゅうりとかぼちゃをもいで収穫を噛みしめました。

チカコさんは、一杯のトマトでケチャップを作りました。そのケチャップでハンバーグを煮込みました。丸はプーンと良い香りがしてくると、 豊かな気持ちになりました。また、オリーブ油でたくさんの野菜を炒めて具沢山の焼飯を作り、具だくさんのお味噌汁も作りました。トマトは、スパゲッティの主役になりました。

チカコさんの台所は、たくさんの野菜で溢れかえっていました。そこでチカコさんは糠床を作り、糠漬けを作ることにしました。

優しい発酵食品の糠漬けは、チカコさんの身体を元気にしてくれました。

チカコさんのボコボコの肌はスベスベになりました。丸は畑が大好きで、恩返しの種の精と仲良しになりました。

もちろんチカコさんは、モカおばさんにも花子おばあちゃんにもカナ子さん家にも野菜のおすそわけをしました。

チカコさんは口元を真一文字に結んでスックと立っていました。彼女が大地の声を聞いて一生懸命に働いたことは彼女の人生を豊かにしました。

五人の恩返しの種の精はよく働いてくれた野菜達に感謝して

「ありがとう!いい仕事をさせてくれてありがとう!そして、さようなら。またいつの日か、会いましょうネ。」と別れを告げました。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください