雪が降りました。
チカコさんは、あてもなく歩いてモカおばさんの店の前に来ていました。チカコさんはモカおばさんの看板を見ながら肩を落としていました。
チカコさんは介護福祉士の試験に落ちたのでした。それも三回目です。
(どうしよう。あんなに応援してもらったのに、また、落ちてしまった。どうしよう。恥ずかしくってカナ子さんに報告できないわ。どうしよう!三回目も落ちちゃった。どうしよう。もう、どうなってもいいわ。チョコレートパフェいっぱい食べてやろう!)とチカコさんは意を決してモカおばさんの店のドアを開けました。
「あら、いらっしゃい。あら、チカちゃん、どうしたの?目が真っ赤よ!」とモカおばさんはニコニコしながら言いました。
「また、落ちたんです。もう、三回目です。介護福祉士の試験。私は本当に馬鹿でどうしようもないわ。」とチカコさんは早口で言いました。
モカおばさんはビックリして「カナ子さんとここで待ち合わせ? 」と聞きました。「いえ、違います。カナ子さんには、恥ずかしくて申し訳なくて言っていません。また、落ちました。なんて言えません。」とチカコさんは泣きそうです。
モカおばさんは小首をかしげながら「そうかな?カナちゃんはそんな人かな?」とチカコさんに聞きました。
「えっ!」とチカコさんはオドロキました。 「カナちゃんは介護福祉士を落ちたことなんて、あまり重大に思ってないんじゃないかな?例えば、例えばね。もし、10回落ちても「今からが、本番よ。」と言って笑っているんじゃないかしらネ。」とモカおばさんは、チカコさんのテーブルに水を置きながら言いました。
「問題なのは、チカちゃんが何回落ちても意欲を失わないことよ!まさか、介護福祉士の資格を取るのが人生の目的じゃないんだから。」とカウンターの向こうでモカおばさんは、笑っています。
「エッ!」とチカコさんは絶句しました。
(私は人生の目的が介護福祉士の資格を取ることになっていたんだ。でも、人生の目的なんか考えたことないわ。とりあえず猫の丸より長生きすることだけど。)とチカコさんは頭の中にパチパチと火花が点いたように思いました。
「チカちゃん、何を食べるの?」とモカおばさんは聞いています。チカコさんは、思わず「チョコレートパフェ特大。」と答えていました。
「チカちゃんは、どんな男の人が好きなの?」とモカおばさんは、すまして聞きます。
「エッ、私は美人でもないしスタイルも悪いし、考えたこともありません。第一、誰も私を好きになんかなりません。」とチカコさんは、ヤケクソで答えました。
チカコさんは思います。
(そりゃ、私だって白馬の王子様がいたらいいと思う。でも、恋人がいたらいたで大変だわ。私には猫の丸がいる。暖かい炬燵に猫の丸がいて温かい牛乳を飲んでチョコレートをつまんでテレビを見てガハハと笑うの。私はこんな風だから今回も落ちたんだ。)とチカコさんは気づきました。
チカコさんにとって丸との生活は喜びです。
丸のために長生きをしようと思っています。丸より長生きをしなければ丸が路頭に迷うことになります。チカコさんは、最近では健康にも気を配っています。
介護施設に勤めるようになったチカコさんは、介護の現場を持っていました。
いつもカナ子さんに「仕事中も実践に即して介護の勉強をするのよ!」と言われていました。
チカコさんは何も考えずに惰性で仕事をしていました。頭をフル回転させていませんでした。
入所者の側に立って仕事をしていませんでした。入所者の側に立って考えるのは介護の基本です。
早く、手っ取り早くやるのは自分の為であって、そこには相手がいません。チカコさんは仕事に振り回されて毎日が終わっていました。
チカコさんは思います。
(私は何にも考えていなかったな。
手が動かしにくいとか、足がなかなか前に出ないとか、オムツの中でウンチとおしっこをするということの大変さを考えていなかった。
試験に落ちるのも当たり前だわ。いつの間にか、私がウンチとオシッコの家来になってしまっていたわ。
明日からは相手の身になってオシメ交換をしよう。でも先輩と組むと先輩のやり方があって、アカン、アカン!先輩、怒るわ。相手の身になって丁寧にやっていたら先輩が怒るわ。
私は、そんな勇気ない。私は、そこら辺に生えているペンペン草や!
先輩も言っていた。「ほんまあんたトロイナ!もっと要領よくバシバシっとできんの!そんなんじゃ給料ドロボーやで。」と先輩はいつも私に言っている。私も先輩の言う通りだと思う。
でも先輩の介護は優しくない。あれはウンチは汚いと思っている介護だ。赤ちゃんのウンチはカワイラシイけど大人のウンチは汚い!あれだ。
私もあのお婆さんのようにオシメで用を足すかもしれない。私もこのお婆さんのように今日と明日がごっちゃになって自分の子供に「あんた、どなたさん。」と言うかもしれない。
ああ、やだやだ。これから先の人生は暗いわ、暗すぎるわ!今を楽しまなきゃ損だわ!もう、イヤイヤ、チョコレートパフェを食べて忘れよう!ああ、私はこんなだから介護福祉士の試験を落ちたんだ。やっぱりカナ子さんに電話しよう。とにかく電話しよう。)とチカコさんは思いました。
電話の向こうでカナ子さんが「そこ、どこ?モカおばさんのとこ?すぐ行くから待ってて!」と大慌てで言いました。
ピーッと音がして草色の車がモカおばさんのお店の前に止まりました。車の中からカナ子さんが大急ぎで出てきました。
「もかおばさん、こんばんは。チカコさん来てる?あっ、いた。チカちゃん、大丈夫。
三回落ちたぐらい、ドンマイ、ドンマイだからネ。」とカナ子さんは必死な顔でチカコさんに言っています。
「あの、それは、自分の不真面目で落ちたので自分のせいです。それは納得しました。今の私は人生の目的について迷っています。」とチカコさんはカナ子さんに打ち明けました。
「私の場合は、人に対して自分に対して誠実であることかしらネ。自分も生かし他者も生かす人生を歩みたいと思っているわ。その延長線上に「私の人生はサンキュでした。って死を迎えたいと思っているわ。だから、そう確信できる生き方をしたいと思っているわ。」とカナ子さんは大真面目で答えました。
チカコさんは目が覚めるようでした。
(私は流されるままに人生を生きている。
ストレスが溜まれば甘いものを食べ、今さえよければいいと明日を忘れようとしている。私は自分の足で立っていない。こんなことじゃいけない。)とチカコさんは反省しました。
カナ子さんはニッコリと
「途中は何があっても大丈夫よ!
死ぬ時によかった!と言える人生を確信できる毎日の生き方が大事だと思うの。自分にも他人にも優しくする。意地悪しない。これはなかなか難しい。温かくないのは、優しくないのは王道じゃないわ!
一見悪人のほうが強そうに見えるわ。
だから私は強くなる。善人が強くならずして世の中は良くならない。その為にも私は頑張る。
今日から明日へ前進よ!
ねえ、チカちゃん!
フレーフレーチカちゃん!」
と言いました。
チカコさんは何かわからないけど胸が熱くなりました。
カナ子さんは
「今日の誠実の一歩が
世界不戦の戦いに
通じていると信じているわ。」
と、さらにニッコリして言いました。