猫物語34 オレは生き抜くぞ!

 空は、晴れわたった。

 朝のひとしずくでオレは、目が覚めた。そばで猫のチョビ助がモゴモゴしている。オレはリュックサックに手を入れる。あった!あった!オレ達の最後の晩餐だ。チョビ助のカップにカリカリをオレはフランスパンにかぶりつく。

 バターもジャムもない。もちろんハムもだ。野菜なんか母さんがいなくなってから食ってない。オレは目をつぶる。食卓に母さんと父さんと妹と共に席に着き、質素だけど困っちゃっいない。平和な日常を思い出す。

 母さんの笑い声、妹の笑い声、ちょっとハニカンだ父さん、その前でピアノを弾くオレ。オレ達は平和主義者だった。ベートーベンのピアノソナタは、いつまでも鳴り響く予定だった。突然にピアノは壊された。

 オレの国の指導者が内乱を起こしたのだ。正義という名を借りて権力闘争を始めた。

オレ達の平和は内乱に巻き込まれて木っ端微塵だ。

 オレは内乱の続く生まれ故郷を見限った。今、国境を越えようとしている。家族は、ない。皆、砲弾で家ごとぶっ飛ばされた。出かけていたオレだけが助かった。その時、オレは思った。

(オレは木の根をかじっても生きるぞ!生き抜くぞ!オレ達は戦争をするために生まれてきたんじゃない。オレ達は誰かを苛める為に生まれてきたんじゃない。

 世の中を平和にする側にまわるんだ。自分が駄目だったら後輩を、平和を築く人間に育てるんだ。

暴力に屈しない人間を!不撓不屈の人間を育てるんだ!)とオレは決意した。

 決意してオレは今、ここにいる。猫のチョビ助は途中で拾った。こいつも住む場所も全てを失って困ってた。オレと同じ身の上だったんだ。

 夜も更けてオレとチョビ助は山腹に出来た洞穴に眠った。オレのいる近くでドサッと音がした。振り向くオレ。そこに青白いオマエがいた。オマエは言った。「助けてください。ボクは何もしていません。」と。オレはそこからぶっ飛んだ!飛んで守りの姿勢に入った。

 オマエは、もう一度、蚊の鳴くような声で「ボクは、何もしていません。殺したいなら殺して下さい。ボクは死ぬ為にここに来たんです。」と言った。

 オレは、ぶったまげた。死ぬために来たって?嘘だろ!死ってものは、生きたいと思っても突然くるものだってオレは思ってた。

 オレの家族はそうだ。思いもかけぬときに家ごと砲弾で吹き飛ばされた。あっと声を上げる間もなく三人は死んじまった。だからオレはビックリした。「死ぬために来たって、お前本気で言っているのか!オレの家族は死にたくもないのに死んじまったんだぞ!」とオレは、すごんだ。

 するとオマエはヘナヘナとへたりこんでしまった。「ボクは、ボクは、もう生きているのが嫌になって死にたいんです。」と更に蚊の鳴くような声で言った。

 オレはもやしみたいなオマエに興味を持った。だから聞いたんだ。「なんで死にたいんだよ。」って。

 オマエはか細い声で、大学の人間関係でどつぼにはまっていると言った。オレはそんな事で死にたいと言っているオマエに腹が立ってきた。

「オレの妹と父さんと母さんは、死にたくもないのに死んだんだ。いっそのこと妹とオマエが変わればよかったのにな!いったい、オマエの苦しみのどんな理由が、死に値するのかい!」とオレは優しく優しく言ったつもりだった。

 なのにとうとうオマエは泣きだした。オレは狼狽した。オマエがピイピイ泣くのに閉口した。オレは思わず「泣くな!」と大声でオマエに言ってた。

 アイツは、ビックリして今度はシャックリを始めやがった。(ああ、まったく手がかかる。)と思いながらオレは母さんに教えて貰った方法でアイツのシャックリを止めた。

 広げた毛布の上に二人で座った。アイツはだいぶ落ち着いてきた。オレはかじりかけのフランスパンの半分をアイツにやった。二人でフランスパンをかじりながら夜明けの明星を見た。二人の間にチョビ助が丸まって眠ってた。

 アイツは、またか細い声で「あの、ボクでも生きてていいんですよネ。」と言った。オレはなぜか腹の皮がよじれるほど可笑しくなって思わず「いいにきまってるじゃないか!」と言いながら笑ってしまった。

 アイツの口元が少し歪んだ。(おい、又、泣くのかい?)とオレはあわてた。アイツは「ボクはロバートと言います。お兄さんは?」と言ってオレを見上げた。「オレはフランク。よろしくな。」と言いつつアイツのブルーの瞳を見た。オレ達は小一時間もいろいろ話をした。

 素直な奴だった。もう、ロバートは素直と言う宝物を持っていた。素直は、いい。正直はいい。ロバートは地球の保護者のようだった。

 ロバートは俺の前に自分の所持品を並べた。1ドル紙幣を100枚とチョコレート一箱と500ccの水二本を並べた。

 オレの所持品は、毛布とリュックサックとシャツ2枚とタオル2本と食料は水とかじりかけのフランスパンと猫のキャットフードだ。

 ロバートは、おもむろに言った。「ボクの所持品を半分こしましょう。フランクがこれから生きていくのにお金は必要です。ボクは家までのバス代を貰えたら後はいりません。残りは全部持っていって下さい。フランクまず、生き延びねばなりません。こんなことになるなら全部持ってくるんだった。ボクはもう後は死ぬばかりと思い詰めて、ボクは本当にバカでした。」と言ってロバートはオレに金80ドルを手渡した。もちろん、チョコレートも水もだ。金以外は皆半分こだ。

 最後にロバートは1冊の本を手渡した。表題は、(21世紀の対話)だ。ロバートは「この本は、ボクラの本です。21世紀を生きるボクラの本です。フランクが持っていて下さい。きっとフランクを支えてくれると思います。いつか著者に会いに、日本を目指してください。」と言ってオレは本を手渡された。

 ロバートは、「代わりと言ってはなんですがチョビ助をボクにください。泣き虫のボクにはチョビ助が必要です。お願いします。」と言った。

 青いまっすぐな目が本気を語っていた。オレは背中に旋律が走った。昨日から暗転して今日、失われたものは、取り返す術もない。やけくそになってガチガチになっていたオレの心は今しなやかになっている。

この本のせいだ。オレはロバートの申し出に涙が出るようだった。行くあてのないこのオレに目標ができたのだ。オレはロバートをまっすぐに見て「ありがとう!オレはロバートに助けられたよ。俺はロバートの言葉に助けられたよ。ありがとう!」と照れくさいけど言った。

 「いいんです。ボクはあなたに生命を救われました。お互い様です。ボクの方こそありがとうです。」とロバートは言い、手を差し出した。オレは握り返した。

 オレたちはロバートのたどった道を引き返した。バスに乗り、着いた所は中南米のオレの知らない街だった。

ロバートは言った。「ボクは、大学に戻ります。ボクは学べない人たちのために学びます。21世紀を生命の世紀にするためにがんばります。死に物狂いでがんばります。ありがとうございました。」と、ロバートの青い瞳が光った。

オレもガッチリと握手しながら「オレのほうこそありがとう!いつか地球の保護者になれるように頑張るよ!必ず今日の一歩が着実な一歩になるようにオレも死に物狂いで勉強するよ。」と誓った。

 東の空に午前8時の太陽が昇り始めた。オレたちは別れた。チョビ助ともお別れだ。

 オレはまだ家族のことを悲しめない。心は悲しみでマヒしたままだ。いつか、しっかり悲しめる日が来るだろう。

 オレもロバートも今は力をつけることだ。オレは生き延びなければならない。もう、オレは、今夜のねぐらがないのだ。オレは生き延びるぞ!その時、フランクの足元で何かが動いた。地球のマグマが動いた。フランクの執念が地球を一周した瞬間だ。その時、フランクの未来が決定した。

 (オレはやるぞ!文句を言っても始まらない。石の上にも10年だ!必ず、力をつけて正直者が馬鹿を見ない世の中にする。オレはやる。10年でダメなら20年頑張ろう。それでも駄目なら永遠にがんばるさ!

オレはあきらめない!オレは、自分のエゴに負けないぞ!オレは自分の傲慢を乗り越えるぞ!今日も南十字星は空に輝く。オレの志も天空の一座となるようオレは精進するぞ!とフランクはフツフツとたぎる情熱の中で誓った。

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