猫物語8 木枯らしさん達の思うこと

木枯らしさん達の思うこと。

これは、少し前の宇宙の中でのお話です。虹のトンネルを降りたカラスのゴンは大きな門扉の前におりました。そこは寒く長くいるとカラスのゴンの羽は凍って飛べなくなってしまいます。「ごめん下さい。ごめん下さい。私はカラスのゴンです。」とゴンは大きな声で言いました。

ゴーッという音と共にゆっくり門扉が開きました。そして、カラスのゴンの上にふわりと羽のガウンが落ちてきました。

どこからともなく凛とした声が、響いてきます。「お寒い所によくおいで下さいました。カラスのゴンは羽より軽いガウンを羽織ると悠々と声のするほうへ近づきました。

そして、丁寧に木枯らしの一吹きの出張をお願いしました。声の主は双子の木枯らしの姉のほうでありました。姉の木枯らしは大層乗り気で二つ返事で引き受けました。でも、弟の木枯らしは、カラスのゴンを睨みつけてにこりともしません。

弟の木枯らしは思っていました。

(世の中は働き方改革とか言っているのに、これは逆さまじゃないか。僕は今から働いたら、春までもたない。)

でも、そこは二人の力関係のこと。弟の木枯らしは姉の木枯らしに逆らう力は、ありません。だから、カラスのゴンが帰るとすぐ、弟の木枯らしはおおいにすねました。

「姉さん、なんで引き受けたんだよ。まだ冬は遠く秋のなかばだというのに。」

それを聞いて木枯らしの姉は答えました。

「私達に一吹きだなんて珍しいし、私も何かいいことをしてみたかったのよ。春になって桜の花が咲くけど。私達が、冷たい風を桜の木に吹きつけてないと、桜の花は咲かないのよ。寒さをくぐり抜けて桜は見事に咲くの。春の花が美しいのは私達の存在があるから・・・。それでも私は春風さんがうらやましい!人々は春を待ち春を愛して冬を乗りこえる。人々は決して私達を愛しているわけじゃないのよ。どちらかと言うと嫌われているわね。私は春風さんが、うらやましい!私は春風さんになりたい!」と姉の木枯らしは心の内をぶちまけました。それを聞いた弟の木枯らしは、

「姉さん、しっかりしてよ!私達は木枯らしです。私達が一吹きも二吹きもしなければ大地の恵みは訪れません。これは生命のことわりなんです。寒い冬を乗り越えてこその春なんです。最近は人間の世界では、貧富の差が激しくて金持ちは冬は暖房の効いた部屋で過ごしています。けれど国を追われた人々は、私達の一吹き二吹きで凍って死んでしまいます。寒さの前に身をおおう羽のガウンを持っていないのです。弱い者達は次々と凍死してしまいます。海の上で陸の上で死んでいってしまうのです。姉さん、しっかりして下さい。これは、世のことわりなんです。子猫なんか私達が一吹きすれば死んでしまいます。そうすれば、その子(子猫)の後の大変さもないのです。姉さん、しっかりして下さい。」と長い演説をしました。

それを聞いた姉の木枯らしは目を三角にして反論しました。

「それは違うよ。苦しんで死ねばその苦しみは永遠に続く。死というものは能動性のないものです。ただ、受け身になります。自分自身からの発動はありません。楽しいとか、憎らしいとか、恨めしいとか、そんな皮相の感情は死の前には塵に消えます。ただあるのは、無念か、無念でないかです。生命を宝と思って、その生命を守りどこまで育んでいけるかです。

生命の尊厳の為にどこまで実践したかどうかだけが残ります。生命をどこまで寿ぎ育めるか。他者をどこまで尊敬し育めるか、大自然と共に生の賛歌をどこまで歌えるか、そこにすべての鍵があります。弟よ!私は悔いを残したくない。見てみなさい!人は海の上で陸の上で空の途中で、何とむごたらしく死んでいくのでしょう。金が全ての世の風潮に大気は汚染され大自然そのものが怒っています。弟よ!私は大自然と人間が共存する姿をこの目で見てみたいのです。」と姉の木枯らしは一気に語りつぎました。

弟木枯らしはそれを聞くと鼻でせせら笑いました。そして「姉さん、それはきれいごとだよ。世の中はもっと腐りきってるよ!」ときっぱりと言い放ちました。

姉の木枯らしは、「弟よ!あなたは何も知らないのです。平和も幸福も死闘です。ものごとを建設しようと思ったら、もうそこには死闘しかありません。人の生命を手段とするこの世界で、生命の尊厳を目的とする生き方は死闘です。そして、それは自分自身との戦いなのです。止まぬ理不尽、不条理、に出会っても憎しみや怒りに打ち負かされずに生命の尊厳を信じられるかどうかが鍵です。弟よ!幾多の屍を超えても私達は生命の尊厳を打ち立てなければならないのです。憎しみと怒りの破壊者にわが生命の根城をあけ渡してはならないのです。弟よ!よくお考えなさい。あなたの心を絶望で満たしてはならないのです。」と、ゆっくりはっきり言いました。弟木枯らしは更に口をゆがめました。

「姉さん、自分の親を殺された人の怒りが、わかるの。憎しみがわかるの。自分の一番大切な人をなぶり殺しにされた人の痛みがわかるの。それこそ怒って憎んで当然じゃないか!」と言い返しました。

姉の木枯らしは声を柔らげて、

「弟よ!更に不幸にならないために怒りに我を忘れてはならないのです。憎しみを更に暗き処に行くエネルギーにしてはならないのです。それが、どんな苦しい旅でもです。だから、善に生きることは死闘なのです。弟よ!共に強くなって強くなって輝こう。」