猫物語44 それでも、私は生きて世界を変える

 竜王は、自分のヒゲを引っ張ってみた。「フム、どうやら、あの青い水々しい地球は大変困っているらしい?フム、どうしたものか!」と竜王は氷の王を見た。「当然のなりゆきですな。この大宇宙の慈悲の法則を無視した人間の傲慢の成せる結果ですな!このまま地球は滅びますかな?」と氷の王は竜王に意味ありげに目配せをした。

 「滅びますかな、滅びますかな?あの見事な地球が、そんなにあっさりと簡単に滅びますかな?」と大地の王は口をモゴモゴさせた。「自国第一主義とか、まだ宣っているようですな!まだ、現実が見えておりませんな。困ったものだ!隣に腹の減った者がいれば自分の弁当を半分やればよい。皆一緒に腹八分目になればよい。金がなければ自分の財布の金をやればよい。皆で困った人間を作らねばよい。この大宇宙は、慈悲の当体ぞ!自分だけの幸せなど存在するものか!なぜそんな簡単なことがわからないのだろう。」と花の精はうなだれてため息をついた。

 「本当に困ったものだ。今の地球のありさまは、自分達の生き方が呼び寄せたものだとは思っていないらしい!」と風の精も、うなづいた。

 「これはどうしようもない運命でなすすべがないのだと、皆、コザコザとやっていますな。解決策は、自分の中にあることをわかっておりませんな!果たして今の若者の中に民衆の救済に立ち上がる者がおりましょうか?

はたまた、これは見ものですぞ!本物がこの災いの中から出てきますかな!私は出てこないことにかけよう。」と水の精は独り言をつぶやいた。

 竜王は天上の皆を見渡して「おい皆の者、あの緑滴る地球から人間がいなくなろうとしているぞ!誰か、本物の人間を知ってはいまいか!許すぞ!誰でもよい。知っていたら、その事を私達に教えて頂けぬか!このまま、おめおめと人間が滅んでいくさまを見ていたくはない!」とジロリとひと睨みしてヒゲをさわり言った。

 そこへ、オズオズと木の精が進み出た。

 「あのう、あのう、私は一人だけ知っております。たった一人だけで宜しいのですか。」と消え入りそうに言った。

 と、竜王は「一は万の母じゃ!その一人が大事じゃ!申してみよ。木の精よ!あなたのその目で耳で五感で感じたことを私達に教えてほしい!私達は全力でその者を守り育てて、この地球を救えるやも知れぬ。」と懇願した。

 「その者は、確り歩けません。7年もの間、一軒の家の中に幽閉された為に足を弱らせてしまいました。その者は7年の長きに渡り誰とも話さなかったばっかりに喉の筋肉を失い声が出なくなりました。また、まっすぐに立てなくなりました。その者が異変に気がついた時、もう、その者は声を失っており、立てなくなっておりました。

 なぜ、その者が、毎日朗読するとか、発声練習をするとか歌を歌うとかをしなかったかはわかりません。日々の努力を怠ったばかりにその者は声を失いました。

 本人は、ほとほと滅入っておりました。人生は前に進むのはカラッと気持ちいいものでありますが失ったものを取り戻すのは忍耐が必要です。

 10年1回のごとく、その者は耐えられますか、どうか、疑わしいことです。先の見えない現実にハァハァ言いながらその者は心で焦れておりましょう。」と木の精は気の毒そうにため息をついた。

 「その者は足をさすりながら、役に立たない膝から下を、恨めしそうに見ています。元気に足が動く時、その者は足に配慮しませんでした。いつも足は元気に動くものでありました。その者は動かない足に愕然としました。泣いても叫んでも足は動きません。

 その者は日々の小さな努力を、持続の大切さを知りました。その者は、横になって、寝ている自分の足を5cm程浮かす努力をしました。足に筋力をつける為です。その者は先の見えない現実に希望を失いました。

 1日目、2日目、足は何の変化もありません。1週目、2週目、3週目、4週目、足がわずかに確りしてきました。その者は使い物にならない膝から下の足などいらないと思っていました。けれど、努力の日々の中で動かない足に感謝しました。

 その者は耐えて忍んで手に入れるものがあることを生命で理解しました。一年経ってその者は元気な足を手に入れました。

 失われた声も、毎日の発声練習で戻ってきました。

 失われたものを、また、手に入れたその者は油断しました。その者は転んでしまいました。その者は、ニワトリを潰したような声を出して気を失ってしまいました。

 ベッドの上でその者が目を覚ました時かたわらに、にこやかな兄がおりました。

 介護人が必要になったその者は、幽閉を解かれたのでした。

 兄は弟の髪の毛をクシャクシャにして弟の頭を撫でてくれました。

 「よく頑張ったな、よく頑張った。お前はよく頑張ったぞ。」と兄は心の底から叫んでいました。その者は、兄の胸で泣きました。

 その者は、毎日ゲラゲラと笑いました。

 毎日の生活が楽しくて楽しくてたまりません。その者の左足の大腿は折れていませんでした。強度の打撲です。

 その者はヨチヨチしか歩けない足を疎しく思っていました。今は、そのヨチヨチしか歩けなかった足を有難かったのだと思っています。

 ベッドの上で寝起きするようになって初めてその者は感謝を知りました。

その者は自分のエゴイズムを乗り越えたのです。自分さえよければいいと言うエゴを打ち破ったのです。

 ベッドの上で排泄する様になって人に恥ずかしい処を見られるようになって初めてその者は生きる意味に気づけたのです。

 兄はニッコリと「大丈夫だ。動けるようになる。歩けるようになる。それまで何千回でも下の世話は俺に任せろ!」と言いました。その者はみはった眼からホロホロと涙をこぼしました。

 兄は思いました。「私にだって縁の中で生きていることぐらいわかるぞ!なぁ頼むから、政治屋さんよ!政治家になってくれ。民衆の為に働いてくれ。オレ達、民衆は賢くなる。政治家さんよ、共々賢くなって他者を大切にしよう。その時にこそ「吹く風枝は鳴らさず~」と言った聖人の予言が実現するだろう!その時にこそ勇者はほほえみ弱者は守られる世の中になるだろう。」と兄はこぶしを握りしめ心の中で叫んだ。

 と、その時、壁を伝い立ち上る弟の姿があった。

と木の精は語り終えた。竜王と天上人達は、話を聞き終えると皆、立ち上がった。

そして口々に「まだ人間には見込みがありますな!このひとコマが、どう動くか見守りましょう。もしかすると人間は案外賢いかもしれませんな!これは見ものだ、ハッハッハー」と笑い前方を見つめた。