猫物語11 大王と姉の木枯らしの対話

すると正面の壁一面に大王の顔が大きく写りました。
姉の木枯らしは更に身を硬くしました。そして、ひざまづきました。

大王は、おもむろに姉の木枯らしに尋ねました。
「そなたは人間を信じておるのか!この美しい地球をここまで破壊した人間を信じておるのか!」

姉の木枯らしは心を決めて答えました。
「信じています。必死の一人の人間のいる限り私は人間を信じます。」

大王は、ちょっと驚いて
「ほう!一人の必死の人間が居るのか!ここまで地球を汚した人間の中に、また、原子爆弾をおもちゃにして抑止力とか言って遊んでいる人間の中に居るのか!同じ人間なのに肌の色や宗教の違いで殺しあう人間の中に居るのか!相手が弱いと思うと猫がバッタを遊ぶように相手を苛める人間の中に居るのか!まだ、人間の中に望みがあると思うのか!」
と大王の声がして正面の壁一面が、大王の眼だけになりました。

姉の木枯らしは、まっすぐ前を見て答えました。
「私は信じます。この地球に住む76億の人間の中に平和を願う必死の一人が、あの街角で、この街角で育っていることを私は信じます。」

大王は驚いて
「はん!そいつはどこの大統領だ!」
と言いました。

姉の木枯らしは、あわてて言いました。
「違います。普通の人間です。無名の人間です。たった一人のヒーローではなく無名の人々です。」

大王は、ますます驚いて
「無名の人々?無名の人々の中に居るというのか!何の力も持たぬただの人間に何が出来ると言うのだ。」
と大きな声を出しました。

姉の木枯らしは大急ぎで言葉をつぎます。
「それは違います。戦争は嫌だ、もう、こりごりだと思っている無名の人々が、います。原爆を受けて苦しみ続けている人々の必死の語りが、世界を動かしています。大王様、どうして人と人が殺しあうことを人々が望むでしょう。」
と姉の木枯らしも必死です。

大王はゆっくりと言いました。
「人間が愚か者でない確証はなんだ。答えよ。姉の木枯らし!」

追いつめられて姉の木枯らしは、
「大王様、私は見たのです。憤怒の川を渡った人間を見たのです。自分の親を死に追いやった人間を最後まで甲斐甲斐しく介護する人間を見たのです。青年の願いは、相手が歓喜の中で生を終えることです。相手が人間らしく尊厳を持って安らかに生を終えることだったのです。」
と言いました。

大王の眼が、壁一面に?を漂わせました。
大王の大きな声が響きます。
「私は、そんな話は信じないぞ!己の親を殺されて、何故、憎まぬ!何故、相手の幸福を祈る!さっぱりわからん!私なら相手を殺す、殺すぞ!」

姉の木枯らしは
「大王様、その考えこそが愚かな人間と一緒でございます。目には目をは、野蛮な考えです。大王様、私は見たのです。あれは一面の銀世界の中の出来事でした。親を殺された青年が、老人の首に手をかけました。青年が老人の首に手をかけたとき、私はてっきり青年は老人を殺すつもりだと思いました。でも、青年はその手を広げて老人を抱きしめたんです。青年は泣いていました。老人も泣いていました。その涙がどういう意味か、私には、さっぱりわかりませんでした。でも、確かな事は、その日以来二人の瞳の中にほほえみが、あるということです。」
としみじみと言いました。

大王は目の玉が飛び出すほど、びっくりしました。
「そなた、それは本当か!」
姉の木枯らしの正面に写る大王の目が、カッと開きました。
「己の親を殺されたのに、その人間は、己の親を殺した相手を、愛したのか!相手を赦したのか!信じられん!その人間は聖人か!姉の木枯らし答えよ。聖人か!」と大王は怒鳴りました。

姉の木枯らしは前に進み出て答えました。
「ただ普通の人間です。貧しい、なんの力もない、ただ普通の人間です。」

それを聞いて大王は、うなりました。
「うーむ。ただの普通の人間の中に、そんな広い心があると申すのか。姉の木枯らし、もっと、私にその人間のこれからを調査し報告せよ!私は絶対信じぬぞ!あの阿呆の人間の中に広大無辺の心があるなど信じぬぞ!」
正面の壁の中で大王の顔は小さくなり消えていきました。